Case Study
手書き記録用紙の読み取り自動化(公共事業の元請企業 様)
真冬の港湾で、手袋のまま、10時間。そこにタブレットは持ち込めません。紙をやめる代わりに、紙のほうを機械が読める形に変えました。
「現場のやり方は変えない、というのが最初に決めたことでした。変えていいのは、紙の書式と、事務所の中だけです。」
—— 門王
本事例は、お客様との守秘の観点から、企業名・所在地・対象となった港湾を伏せて記載しています。
解決した課題
直面していた状況
- 護岸の劣化調査で、現場の記録は手書きの紙。事務所で事務員が内容を読み取り、提出用の資料に起こしていた
- 1日に数百枚の記録用紙が届き、事務員4名が一日中かかっても処理しきれない
- 悪天候で外作業ができない日は、外回りを含めた延べ20名で処理にあたっても、紙は溜まる一方だった
現場・予算の壁
- 真冬の港湾。手袋、波しぶきや雨、10時間近い連続作業。海際のため機材の落下リスクも高い
- 単発の業務のため、専用の機材やソフトウェアを用意する予算がない
- 記録用紙はA4に数段の罫線が引かれただけで、ほぼ自由記入。そのままでは機械が読める状態になかった
そして、転記の遅れは事務作業の遅れでは済んでいませんでした。数週間分の紙が溜まると、「写真が足りない」「不鮮明で判断できない」といった不備に気づくのが数週間後になります。そのときにはすでに別の地域の測量に入っており、たった1枚の撮り直しのために現地へ戻らなければならない。溜まった紙は、そのまま出張費に変わっていました。
門王の処方箋
最初に決めたのは、現場のやり方を変えないことでした。真冬の港湾で手袋のまま働いている人たちに、新しい道具を持たせない。変えられるのは、紙の書式と、事務所の中だけ。その範囲でどこまでやれるか、という設計です。
設計・開発のポイント
- タブレットを配らない、という前提:屋外、手袋、波しぶき、10時間の連続作業、そして海際での落下リスク。実際に巻き尺は何本も失われていました。単発業務で専用機材の予算もない以上、現場入力は現実的ではないと判断しています。紙であれば、両端から作業を進めて中央で合流するといった柔軟な進め方も崩れません。
- 紙をやめずに、紙を読める形にする:従来の記録用紙は、ほぼ自由記入でした。基準点をコード化し、そこからの距離や破損の程度を書き込む欄を固定。記入エリアを決めたことで、解析側の処理量そのものを小さくできました。
- わからなければ、何も返さない:判読できない箇所は、無理に埋めずに空欄のまま返す設計にしています。推測で値を入れると、修正の手間が増える上に、誤った値が紛れたまま見逃されて納品ミスにつながります。返さないほうが安全でした。
- 手元にある機械を、処理サーバにする:1日数百枚を翌日までに処理する必要がありましたが、専用のGPUマシンを買う予算はありません。設計事務所であることを利用し、少し古いGPUを積んだ設計用マシンをそのまま処理サーバに転用しました。
- 夜のうちに回す運用に変える:夕方に戻ってきた紙をスキャンして投入し、翌朝までに処理を完了。事務員は出力されたデータを紙と見比べて直していくだけ、という流れにしています。
- 現場に席を置いて作る:開発期間中は事務所に席を用意していただきました。記録用紙の書式は、実際に書き、実際に読む事務員の方と一緒に考えています。
技術解説:なぜ紙をやめなかったのか
—— 現場でタブレットに入力してもらえば、そもそも読み取りは要らないのでは。
現場を見れば、すぐに無理だと分かります。真冬の港湾で、手袋をしたまま、波しぶきと雨のなかを10時間近く動き続ける作業です。海際なので、落とせば戻ってきません。実際、巻き尺は何本も失われていました。そこに高価な端末は持ち出せません。加えて単発の業務ですから、この案件のために専用の機材やソフトを用意する予算もない。紙とペンは、あの現場では最も合理的な道具でした。それに紙なら、二人が両端から進めて中央で合流するといった進め方もできます。入力画面に合わせて作業手順のほうを変えさせるのは、本末転倒だと考えました。
—— では、どこを変えたのですか。
紙の書式です。それまでの記録用紙は、A4に数段の罫線が引かれているだけで、そこに距離と破損の程度をおおまかな絵で書き込んでいく形でした。人が読む前提なら、これで問題ありません。ただ機械に読ませるなら、どこに何が書かれるかが決まっている必要があります。そこで基準点をコード化し、記入する欄を固定しました。現場の人にとっては「書く場所が決まった」だけの変化です。作業のやり方は何も変わっていません。
—— 読み取れなかったときはどうするのですか。
何も返しません。空欄のまま出します。開発の期間も予算も限られていたので、高度な判読の仕組みは入れられませんでした。ただ、それは弱点ではないと考えています。無理に推測して値を埋めると、修正の手間が増えるだけでなく、間違った値が紛れ込んだまま見逃される可能性が出てきます。この業務の成果物は、補修工事をやるかどうかを判断する根拠資料です。空欄は人が気づきますが、もっともらしい間違いは気づかれません。読めなかったことを、はっきり読めなかったと出す。これは設計上の判断です。
—— 処理速度にこだわった理由は。
1日に数百枚が届き、翌日中には片づいている必要があったからです。これは事務作業の都合ではありません。転記が数週間遅れると、「写真が足りない」「不鮮明で判断できない」といった不備に気づくのが数週間後になります。そのときには、すでに別の地域の測量に入っている。たった1枚の写真を撮り直すために、現地へ戻ることになるわけです。溜まった紙は、そのまま出張費に変わっていました。速さが必要だったのは、事務所の中の話ではなく、その先で発生していたやり直しのコストのためです。
—— サーバはどう用意したのですか。
買っていません。専用のGPUマシンを調達する予算はありませんでした。ただ、設計事務所ですから、社内には図面を扱うためのマシンがあります。そのなかに少し古いGPUを積んだものがあったので、それをそのまま処理用のサーバにしました。記入エリアを固定して解析の処理量自体を小さくしていたので、最新の機械でなくても十分間に合っています。速くしたければ良い機械を買う、という順番ではなく、まず処理を軽くする設計にしておけば、手元にある機械で足ります。
—— 2週間で立ち上がっています。
現地で3日ほど実際の作業を確認し、紙の書式の設計とシステム開発に5日、テストと調整に2日という配分です。速かった理由は、事務所に席を用意していただけたことに尽きます。書式の案を出して、実際に読む事務員の方にその場で見てもらい、直してまた見てもらう。テストも並行して回せました。持ち帰って作っていたら、この期間では終わっていません。
—— 結果として、一番効いたのはどこだと思いますか。
紙をやめなかったことだと思います。導入後は、それまで延べ20名がかりでも溜まる一方だった処理を、事務員の方だけで余裕をもって回せるようになりました。読み取りの間違いはまれに出ますが、紙と見比べて直せば済む程度です。もしタブレットを配る方向で提案していたら、機材の予算で止まっていたか、通ったとしても現場で使われなくなっていたと思います。効率化の相談を受けたときに、いちばん見落とされやすいのは、その作業がなぜその形でおこなわれているのかという理由のほうです。
この案件について
公共事業の元請企業様からのご依頼で、対応したのは門王代表一人です。書式の発案とテストには、実際にその作業をされていた事務員の方にご協力いただきました。
門王では、こうした「現場のやり方は変えられないが、なんとかしたい」という相談をお引き受けしています。新しい道具を入れることが目的ではありません。いまその作業がその形でおこなわれている理由を先に確かめて、変えていい場所だけを変える。単発の業務でも、予算が限られていても、できることはあります。お気軽にご相談ください。